「フシギ」の定義

僕は「フシギ」という言葉を頻用し、このサイトの記事ジャンルの一つとしても使用している。
もちろん「フシギ」は既にある単語だが、意味は自分で勝手に解釈して定義したもので、つまりほぼ造語になる。
このサイトに辿り着いた人への説明のため、そして自分の整理のためにも、僕が使う「フシギ」という言葉の定義について記しておきたい。

「フシギ」の定義

Wikipediaによると、不思議(不可思議)とは以下のような意味となる。
不可思議(ふかしぎ)とは
  • 思いはかることもできず、言語でも表現できないこと。
    • (仏教)仏の智慧や神通力というのは、それを思い測ったり言葉で言い表したりすることはできない、ということ(元の用法)。
  • あやしいこと、異様なこと。
    • (転じて)数の単位のひとつ。那由他のひとつ上で、無量大数のひとつ下の単位。
「不可思議」というのは漢語であるが、和語で言えば「思うことや、議することが、できない」という意味である。略して「不思議(ふしぎ)」という。
このように、一般的に「フシギ」は「言葉で表現できないこと」を意味しているようだ。
一方で、僕は「フシギ」という言葉を物事の因果・構造・意味について考えさせられてしまうもの広く全般に対しての形容表現として使っている。 これに当てはまるならなんでも、たとえば、宇宙の話、科学の話、生物の話、死の怖さについて、人間の集団心理について、この手のトピックを全部「フシギ」と呼んでいる。

「フシギ」の要素

僕が使う「フシギ」という言葉に含めているものの一部を紹介する。
  • 科学、とくに宇宙とか生物とか。 この世界の成り立ちに関する好奇心。
  • 哲学的な話。 科学でカバーしきれないが、学問のレベルで考えられてきた問題。 生きる意味、死をどう捉えるか、愛とは何か、など。
  • オカルト、スピリチュアル、あるいは意識拡張なども含め、王道からは弾かれるが、独特の視点やセオリーで物事の説明を試みているもの。
  • 人の心に関する話。 個人・集団を問わず、人間にどのような習性があって、それが世の中にどのような特性をもたらしているか。 自己啓発、心理学、行動経済学など、人の習性がキーとなっている話全般。
などなど。 つまり、煮詰めたら生物・物理・哲学・心理などのテーマにつながっていくタイプの、深くて考えさせられる話、それら全般、ということになる。

ネーミングの由来

僕が上に書いた要素たちを「フシギ」という言葉でくくるのは、なんと言ってもアイデンティティーに由来している。 端的に言うと、元ネタは僕が敬愛する藤子・F・不二雄先生だ。
彼が「SF」のことを「S(すこし)F(ふしぎ)」と表現したのは有名な話だが、僕が「フシギ」と呼ぶトピックたちは、まさに僕が少年時代にF先生の数々の漫画からインスピレーションを受け、好きになったり興味を持つようになった領域のものばかりだ。
僕は、小さい頃から図鑑や宇宙の話、思考実験的な話やオカルティックな話も含め「考えさせられる」ような話が大好きだ。 今でもそういう話を見ては何かを考えてメモしたり、同じような性格の友達へLINEしたりということを繰り返してきている。
僕にとって世の中のうち語るべきものは「アート」と「ハック」と、そしてその他すべては「フシギ」なのだ。