じぶん史(随時更新)

Date
2022/08/13
Update
2022/9/25 4:51
Tag
ふと、今までに僕が触れたすべてのものごとや、僕自身についてを記録しておきたいと思った。 まずは思いつくままに、随時、箇条書きにしていって、何か残っている記憶や、思うことがあれば書き足していったり、記事にしたりしようと思う。

娯楽

映画

  • このブログのメインコンテンツでもある。元々Filmarksにメモってあったものを移植した。から、レビューには必ずあらすじを入れていたり極端に短いものもあるが、2020年夏くらい以降の視聴分はブログをベースに書いているのでテイストが変わる。
  • 映画は小さい頃から好きだ。原体験は何だろう?少なくともお母さんは映画が好きでよく観ていた気がするが、自分も一緒に観ていたかというと、そこまでな気もする。
  • 幼少期と小学生で観たことを覚えてるのは
    • インデペンデンスデイ、マーズアタック、マスク、アダムスファミリー、ホームアローン、バトル・ロワイアル、千と千尋、ダイナソー(初めて1人で観に行った、イオンのシネマフロアでポップコーンをこぼした)、マイノリティリポート、コラテラル(小学校の同級生のMFくんと!) 要加筆
  • 小学生の一時期おかしな時期があり、バトル・ロワイアルを何十回も観た。原作小説もコミックスも買って読み、えらい熱の入れようだっだと思う。
    • なんか逆に今だからこそ「こじらせ」の一言で蓋をするのでなく、冷静に自己分析をしたい。「あぶなっかしいものにハマろうとする熱」みたいなのは人生通して割とあるため、その芽だったのかも。
    • その頃エアガンにもハマっていたし、PS2のメタルギアソリッド2などの殺人系ゲームにもハマっていたので親に「大丈夫か?」といわれた。
  • 中高生に観た映画が、その後の自分の映画好きのエッセンスになってる気がする。
    • キューブ、パフューム、シティオブゴッド、パルプフィクション、コンスタンティン、MIB2 要加筆
  • 大学生、入ったサークルで出来た友達と、ちょうどその頃始まった「午前十時の映画祭」の影響で、グググッと映画を観るということに能動的になる。
  • 社会人のある年、大学からの友人と1年でどれだけ観られるかと楽しく競うような形で年に213本観る。その頃Filmarksやらインスタでの感想発信を併せて盛んにやってた。人生で最もインプットとアウトプットが激しかった頃。
  • コロナで通勤時間が消滅し、しばらく映画を観なくなり、2022年夏頃からブログとともにほどよく再加熱中。

作品

  • 個別作品の感想はこのブログの記事としてまとめている
好きな作品の傾向 要加筆

監督

ドゥニ・ヴィルヌーヴ、テレンス・マリック 要加筆

俳優

アル・パチーノ 要加筆

音楽

幼少期

  • 初めて買ったCDはだんご3兄弟。流行りのCHEMISTRYが好きな極めて健全な男子だった。小学校の同級生MHくんとよくカラオケでCHEMISTRYを歌った。僕が川畑で、MHくんが堂珍だった。ノートに色分けして歌詞書いて練習したりした。当時から夢中なことに対しては非常にマメだ。

ヒップホップ

  • CHEMISTRYの1stアルバムに、ラッパーのDABOとのフィーチャリングソング「BROTHERHOOD」がある。CHEMISTRYの曲をたくさん練習するというなかでこの曲も練習のために聴き込み、はじめて「ヒップホップを聴く」ということをし始める。
  • DABOのことがだんだん好きになり、ある日TSUTAYAで DABOのPLATINUM TONGUEを借りる。家にあったラジカセで再生していたところ、「かっこいい音楽だな」と父に褒められた。これが「映画や音楽が好きな父に俺が見つけたものが認められた」という強烈な印象として残っている。ヒップホップがかなり好きになり、アイデンティティになり始める。PLATINUM TONGUEは擦り切れるほど聞いたので大体歌える。ここまで小学生。
  • 中1、めざましテレビでエミネムの特集があり、Lose Yourselfが流れ、稲妻が走る。洋楽のヒップホップはなんて緊張感がありスカしててカッコいいんだ!と惚れる。
  • 中学生は生涯で最もヒップホップをDigってた時期。WinampのラジオでひたすらHipHop/R&Bのチャンネルを流し、良いと思ったものはメモりまくった。
当時よく聞いたもの Eminem、D12、Sean Paul、Lil’ Jon 要加筆
  • 中1?中2?すでに自立していた兄の元へ遊びに行った時、車でBlack Eyed PeasのElephunkがかかっておりカッコよすぎて一発で惚れる。ここくらいからただビートとラップがあればカッコいいという状態から、トラックへの気持ちが変わった・深まった気がする。
  • この頃同級生のTKともヒップホップの趣味が合い、DABO以外のJRapもさらに掘るようになる。餓鬼レンジャーSOUL’d OUT等を死ぬほど聞いた。

ビートミュージック

Autechre、James Blake、Flying Lotusとの出会い → Brainfeederを死ぬほどDigる、Hudson Mohawke

ロック

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ、ビートルズ、レディオヘッド 要加筆

邦楽

  • ゆらゆら帝国
    • ドラッグの世界をデフォルメせずに表現するというスタイルのミュージシャンで、かつポピュラーな人気もあるという意味での最強のバランサーだと思う。対極はShpongleみたいな人たち。
財津和夫「サボテンの花」 要加筆

マンガ

作者

  • 古谷実
    • 恐らく人生で最も影響をうけている漫画家
施川ユウキ、加瀬あつし、冨樫義博 要加筆

作品

ラッキーマン、まじかる☆タルるートくん、ジャングルの王者ターちゃん、ギャグマンガ日和、神々の山嶺、こち亀 要加筆

ゲーム

  • ほぼ全て小学校の頃。中学生になるまで、死ぬほどゲームをしていた。中学校に入ってからはパッタリとしなくなり、インターネットに集中して没頭するようになる。

印象深いもの

  • プロアクションリプレイ
    • 後述しているが、僕の価値観に非常に強い影響をあたえたソフトウェア。PS2用、N64用、GB用、GBA用と当時やっていた大体のコンシューマー機用のものを持っていた気がする。
  • どうぶつの森
    • 発売前、このゲームのコンセプトがコロコロコミックで紹介されており、少年の僕はありえないほどの衝撃をうけた。ゲームでありながら、暮らす!?家具を集める!? 全体的に漂うのほほんとした雰囲気と高そうな自由度が、とにかく少年の僕の心を鷲掴みにし、沸き立たせた。
    • 「こんなにも新しい感じのゲームが発売される!」とお母さんに夢中で紹介したが、お母さんはどうでもよさそうな反応をしていたのをすごく覚えている。(おねだりをしていたわけではない、ただ凄さをわかってほしかった)子供の話を受け流してはいけないのだ…
    • テレビの女の子が印象に残っているが、調べたらみんな同じだったようだ。何本も動画が見つかる。
  • 大乱闘スマッシュブラザーズDX
    • 2001年11月21日発売の神ゲー。
    • とにかく発売前からこのゲームの情報に夢中になっており、インターネットで情報収集できる歳になってきていたのもあったのでひたすらにこのゲームのことばかりを調べている時期があった。
    • ファミ通の企画で、発売前にティザームービーが録画されたビデオテープが当たる!という企画があり、応募したところなんと当選した。人生で一番嬉しい瞬間だったかもしれない。とにかくそのテープは擦り切れるほどに見た。友達にも見せまくった。大切な思い出。
    • 発売数日前?に何故かイオンのゲームコーナーでプレイできる状態で展示されていた。そんだけ楽しみにしていたものだから、発売前のはずのゲームがプレイできることにめちゃくちゃ驚きつつ、列にならび初めてプレイしたのを覚えている。ピーチを使ったら対戦した知らない子供に「ピーチは渋いね」みたいなコメントをされたのを覚えている。やり込んでる人みたいな感じ出してるけどお前もまだ持ってないだろ…子供のそういう部分はかわいい。ちなみにピーチはずっと使い続けた。「敢えて女キャラを使いこなす」みたいなのがカッコいいと思っていたのがきっかけだが、普通にピーチは対戦上の性能が良かった。
  • ポケットファミリー
    • 実際に通っているわけではないのだが、恐らくコロコロかなにかでこのゲームの広告を見たことが強烈な印象に残ってる。言語化しづらい。PSのせがれいじりやUFO、あるいはどうぶつの森に感じた特殊感だと思う。

通ってきたゲーム機とソフト

  • プレイステーション(開始時期不明)
    • 時期不明。自分で買ったことはないかも?気がついたら兄のお下がりがあった、という感じ。
  • プレイステーション22000〜)
    • 発売日に買った。確か購入権が抽選だった気がする。運良く当たり、お母さんとイトーヨーカドーに買いに行った。
  • ゲーム配信の先走り
    • 幼い頃から8mmのホームビデオ機が家にありオモチャとして動画を撮っていたが、その頃からカービィSDXをプレイしてるブラウン管テレビの画面をひたすら映して「何してんの、テープもったいないでしょ」と言われた。スーパープレイをしていたわけでも何か検証していたわけでもなにもないが、ただゲームが大好きだったのでその画面を録画するという行為が楽しかった。
    • その原体験もあってか、中3、ニコニコ動画でTKくんとドンキーコング3のプレイ配信をしたことがある。

ボードゲーム・ギャンブル

  • オセロ
  • 麻雀
  • パチンコ・スロット

旅行

ラオス、タイ、オーストラリア、カンボジア、香港、ベトナム、インド、アメリカ、モルディブ

ハックライフ

デバイス

PC

お父さんの職場のノートPC、初めて買ってもらったSONY VAIO 要加筆

携帯・スマホ

  • 最初は鍵っ子としてPHS
  • iPhone4、iPhone5(買ったばかりでセブンイレブンのトイレのツルツルの石の床でバキバキに割りすぐ交換した)、iPhone6、iPhone7(おサイフケータイがついた時点でもうこれ以上求めるものはないと意固地になりここからしばらく使う)、iPhone12Pro

撮影機器

幼少期のビデオカメラから始まり、ポケットカメラ、ガラケー、大学1年のカメラ、要加筆
 

コンテンツ

  • Twitter
    • mixi同様、長男の影響で始めた。もうアカウント残っていないが、登録したのは2007年5月。とにかくこの頃はアーリーアダプターだった。
    • ギャグ系ネタツイッタラーをやっていた。最高記録は3千いいね/6千RT。2012年頃の当時だと中々だったと思う。
      • コンビニバイト中にレシートの裏に思い浮かんだネタを書いてはバイト終わりに投稿するというモチベーション溢れたツイッタラーだった。
    • Favstar(懐かしい)のトップ64ユーザーに載ったこともある。
  • Instagram
    • 黎明期のアーティスティックな雰囲気が好きだった。
  • Beluga

ライフハッキング

じぶん自身について

パーソナリティ

内向性

  • 1人の時間を重んじる
    • 小さい頃から鍵っ子で、インターネットの世界に閉じこもって生きてきたので一人の時間が大好きで大人数での会話力が低い。
    • 人といると疲弊するが、人に会わないとおかしくなる。
    • アクティブな予定が入っていると、近づくと憂鬱になる。
    • 予定でびっしりな状態のほうが心は健全で、1人でずっといると手にとるようにコミュニケーション能力が下がる。特に大学時代に感じた。
    • ただし、今までの人生の1人の時間の精神的な自由さこそが自分の価値観を形成したと確信している。
    • 1人の時間をがっつり自分に与えると、その後の外交的な予定への憂いが強くなる。そのループは少年期からずっと繰り返していた。
    • マイナスな面は、高校→大学→社会人と成長するにつれてかなりマシになった。付き合う人を厳選してきたのもあるが。

性格診断系の結果

  • 昔流行った動物占いの結果は子鹿だった気がする
  • MBTIはINFP
    • 自認ともかなり一致
    • しかも、16タイプ診断のやつだけでなく、機会があって有料のMBTIを受験したらINFPのファクタがめちゃくちゃ強く出ていた。ので生粋のINFP。

得意なこと

  • アイディエーション
  • 言語化
  • 傾聴

苦手なこと

  • 運動
  • 瞬発力やアドリブが必要な会話
  • オシャレ
    • 僕の古くからの友人にはオシャレな人が多い。が、僕自身は全くだ。多感な時期はもちろん「オシャレ」の称号が欲しく、中→高→大と折に触れてもがいてきたが、とうとう少しの意欲も尽きてしまった。そんななか、ユニクロという企業が台頭してくれて、「オシャレの気力はないが後ろ指を指されない程度ではいたい」という向上心のない人間のペインポイントを見事に解決した。僕は今でも全身ユニクロ。本当にすごい企業だと思う。

価値観

「裏技」へのロマン

  • ストレートな方法ではなく、他の人がやっていないような方法で物事にアプローチすることがすごく好き。
  • 「裏技」という呼び方は原体験から。原体験はおそらく、小学校時代にハマっていたゲーム。ゲームで裏ワザを行使し、それによって何が起こるかを確かめるのがものすごく好きで、「大技林」という辞書のような裏ワザ本や「プロアクションリプレイ」というゲーム機のメモリの値を操作するソフトを買って遊んでいた記憶が強い。

「オリジナル」への執着

  • とりわけ、ユーモアの領域について。
    • 僕のユーモアが好きだ。「なにかを表現する際にボキャブラリーに富んだ奇抜な言葉を放つ」というスタイルで笑いを取るのが好きであり、得意だといえる。
      • これは完全に父親譲りで、原体験は父の家庭内で放つユーモアだ。一般常識からしたらズレているくらい、不謹慎だったりブラックなジョークも放つ父だったので、幼い頃からそのような感性が育った。
        • これには悪い点もあったが、これによって気のおけない友達が出来たし、大学時代に熱中したツイッターのネタ投稿もこの性質があったからこそと思っている。
    • 幼い頃からその手法で笑いを取っていた。狭い田舎だったので、当時の母集団においては相対的に「面白い人」人気者だったと思う。そんな環境で形成されたプライドから、「自分の言葉を使わないユーモア」つまり、ボキャブラリー能力を伴わないユーモアを軽蔑するようになった。
    • 人気者のお笑い芸人のネタや、ネットでバズったミームなど、流行りの言葉で盛り上がるというノリは世の中に一定あるが、それがなかなか受け入れ難かった。自分でTPOと言葉をブレンドせず、決まったシチュエーションでバズワードをパススルーするだけの行為はユーモアじゃない!という頑固な考えが特に中学〜高校の頃は強くあった。
    • 大学生になり、ミームで盛り上がるという価値観も一定受け入れられるようになったので、凝り固まりはだいぶマシになはなった。が、今も笑いのスタイルは変わっていないと思う。
  • ユーモアに限らず、ブログを書くにしても、映画のレビューをするにしても、究極的には「自分の言葉」なんてものは存在しないが、とにかく、少なくとも自分の記憶にある限りで「他人の言葉をそのまま引用する」ことは避けたいと思っている。
  • 自身の特長のように表現しているが、恐らくこの固執の背景には読書嫌いがあり、その裏返しだということも感じている。

科学・哲学的な空想が好き

年代別、印象的な記憶

幼児期

  • 最初の実家で、父親のタバコの吸い殻を食べようとしてマズくて泣いたシーンがかすかに記憶に残っている。
  • 次男に1歳の誕生日プレゼントでもらったアザラシのゴマちゃんのぬいぐるみをとても大切にしていた。
  • ハイハイから歩く練習をする際、兄弟たちが当時僕が大好きだったヨーグルトで釣って歩かせるというホームムービーを見たことがある。無事歩いてヨーグルトを食べた僕は、おいしさのあまりか笑顔でプルプルと震えていた。

小学校

  • 1〜2年生
    • 夏の暑い日にお母さんとベランダに布団を敷いて寝た。
    • 僕のお母さんは絵が上手く、よくお母さんと絵を書いて遊んだ。僕は当時大好きだったカービィやヨッシーアイランドの絵を描いた。ノートを何冊も埋めるほど、自分オリジナルのステージを描いた。
  • 3〜4年生
    • Hくんと出会う。彼の家で飲む冷えた自家製のレモンティーは凄まじく美味しかった。世紀末リーダー伝たけしやハンターハンターが友情を深める。
  • 5年生
    • 男子と喧嘩したIさんをフォローしたところ、一時期Iさんが僕に恋心を抱いた。自らの意図的な行為で女性の気持ちに影響を与えたということの原体験。
  • 6年生
    • 鍵っ子が過ぎて夏休みや冬休みにほぼひとり暮らしのような期間があった。昼夜逆転しながゲームをひたすらやるという大学生みたいな過ごし方をしていた。この頃に印象に残っているゲームはマリオRPGやマリオサンシャイン。

中学校

  • 不登校の友達との関係から、ヒップホップにさらにのめり込む。
  • 同じ学校の人々と極端に気が合わず、他校の生徒とつるむことによって自尊心を保っていた。

高校

  • 1年生
  • 2年生
    • 高校生らしく、当時の同年代や地元の流行りに乗り、ゴイステやSHAKALABBITSを聴いたりしてた。
    • 着うたをGReeeeNの愛唄にしてたのを思い出した。自分の中で「純粋な陽キャ」を形成しようと努めていた感じがする。
  • 3年生

大学

  • 1年生
  • 2年生
    • 人生で最も「オシャレ」を頑張ろうとした時期だったかも。細身×ちょっとフォーマルな小綺麗な格好を心がけていた。(社会人になると結局興味が薄れてしまう)
  • 3年生
  • 4年生

社会人